寝息

釈迦涅槃像@南蔵院
釈迦涅槃像@南蔵院/出典:素材三昧


人が眠っているかどうかその様子を見ることを、「寝息を窺う」と言いますね。


要するに人が眠っているかどうかは、その人の息の仕方で判断できるということでしょう。


人は眠りに落ちると、力を抜こうとしなくても、力が抜けます。


先日『溜め息』でお話をしましたように、寛ぐ際には、


・ 力を抜く ⇒ 力が抜ける


すると息に音が立ちます。


力が抜けた状態でその「音」は自然と起こります。


力が抜けたその結果、


・ 息を吸う ⇒ 息が入る

・ 息を吐く ⇒ 息が出る/漏れる


そしてその結果として ⇒ 音が出る/立つ


音の立たない溜め息をする人はいませんね?


溜め息では空気は素早く流れるため、「はーっ」というような摩擦音が立つものです。


そして寝息を見れば解るように、力の抜けた状態で音が立つことは自然なことです。


ハタ・ヨガでの死体の体位など、寛ぎ姿勢の際にも、自然と息の音が立つように、導いてみましょう。


これまた先日『溜め息』でお話をしましたように、寛ぐこととは、何かをしようとする努力を手放すことです。


手放す


さて、一年の締めくくりに、ここで断言しておきます。


▶︎ 手放す練習こそがヨガの核心です。


・ 知らず識らず、息をそ〜っと静かにしようとしていないだろうか??


その無意識的な働きを手放すことができたなら……


より深い安息の寛ぎへと、落ち込んでいくことでしょう。


・ 知らず識らず、何かをギュッと強く握りしめていないだろうか??


その無意識的な執着も手放すことができたなら……


より深い安息の世界へと、落ち込んでいくことでしょう。


心が必死に守っている何かを手放すことこそが、世界の解放であることを学びましょう。


全ての全てへの執着を手放すことができたなら……


究極の安息の世界へと、落ち込んで行くことでしょう。


究極の安息の世界のことを、涅槃(ねはん)と言います。


見出しの写真にあるように、お釈迦さんの横臥姿勢の像を涅槃像と言います。しかしながらお釈迦さんは、立っていようが寝転んでいようが、永遠に涅槃にいたことでしょう。


死体の体位は、手放す姿勢作りの練習です。

死体の体位
死体の体位


2016年の出来事に執着することなく、2017年を迎えましょう。


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